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コラム「なぜ久山町研究の糖尿病有病率(頻度)は高く見えるのか?」

はじめに

 わが国では食生活を含めた生活習慣の欧米化が急速に進み、糖尿病の増加が深刻な健康問題となっていますが、最近、久山町の疫学調査で求められた糖尿病の有病率(頻度)が他の調査の成績より高いことについてしばしばお問い合わせをいただきます。中には久山町の健康管理に問題があるのではないかと指摘される方もいます。私たちは、久山町の糖尿病有病率は一般的な地域住民の実態を正確に反映しており、決して他の地域と比較してとくに高いわけではないと考えていますが、このコラムではその理由についてご説明したいと思います。

1. 久山町における糖尿病有病率の時代的変化

 それではまず、久山町の糖尿病と予備群を合わせた糖代謝異常の有病率の時代的推移を検討してみましょう。

 久山町で1961年、1974年、1983年、1993年、2002年に行われた循環器健診を受診した40歳以上の住民の成績を用いて、代謝性疾患の有病率の時代的推移を年齢調整して比較しました。その結果、糖代謝異常の有病率は、男性では1961年の12%から2002年の54%に、女性はそれぞれ5%から35%に大幅に上昇しました(図1、2)1)。この間、肥満と高コレステロール血症の有病率も同様に増えています。ただこの糖代謝異常増加のデータを解釈する上で注意しておくことが1つあります。それは、論文にも書いていることですが、糖代謝異常の判定方法と定義が時代とともに変化していることです。どの調査年も糖尿病の治療歴を糖代謝異常の定義に使っていますが、それに加えて1961年は尿糖陽性者に飽食試験を行い、1974年と1983年は血糖値を測定し、そして1993年と2002年は75g経口糖負荷試験を大多数の対象者に行ってそれぞれ糖代謝異常を判定しています。したがって、このデータは糖代謝異常の時代的変化を大まかに把握する上ではよいのですが、糖代謝異常の有病率の変化を細かく分析するには不向きです。男女とも1993年に有病率が急に跳ね上がっているのは、75g経口糖負荷試験という正確な検査を行った影響が少なからずあると考えられます。

 糖代謝異常を正確に判定しその時代的推移を検討するには、同じ条件で調べたデータを比較する必要があります。そこで、1988年と2002年に40〜79歳の健診受診者のほぼ全員に75g経口糖負荷試験を行った成績で、この問題を検討してみたいと思います。

 75g経口糖負荷試験とは、空腹時血糖値を測定した後に75g糖水溶液を飲み、その2時間後の血糖値(糖負荷後2時間血糖値)を測定する検査で、これによってはじめて正確に耐糖能レベルを判定することができます。WHOの糖代謝異常の診断基準では、空腹時血糖値126mg/dl以上、あるいは糖負荷後2時間血糖値200mg/dl以上で糖尿病と診断します(図3)。空腹時血糖値がやや高い場合を空腹時血糖異常(IFG)、負荷後2時間値がやや高い場合を耐糖能異常(IGT)といいます。空腹時血糖異常と耐糖能異常は、合わせて境界型あるいは予備群とも呼ばれます。糖尿病では、空腹時血糖値は正常でも糖負荷後2時間血糖値だけが高い場合がまれではないことから、糖尿病の正確な診断には75g経口糖負荷試験が必要です。久山町における2回の調査成績を比較すると、糖尿病の頻度は1988年では男性15.3%、女性10.1%でしたが、2002年ではそれぞれ24.0%、13.4%に増加しました(図4)2)。またこの間、耐糖能異常は男性では19.0%から21.4%に、女性では18.7%から20.9%に、空腹時血糖異常もそれぞれ7.9%から14.3%、4.8%から6.5%に増えました。すなわち、2002年には、40〜79歳の男性の約6割、女性の約4割に何らかの糖代謝異常が存在していることになります。

2. わが国の疫学調査における糖尿病有病率の比較

 では他の疫学調査における糖尿病の有病率はどうなのでしょうか。2002年の久山町の調査とほぼ同時期に行われた他の調査の成績で糖尿病有病率を比較・検討してみましょう(表1)。

 その成績をみると、2002年の久山町における糖尿病の有病率(男性24.0%、女性13.4%)は、同年の全国調査である糖尿病実態調査(男性12.8%、女性6.5%)3)および2007年の国民健康・栄養調査の成績(男性15.3%、女性7.3%)4)や、山形県舟形町での報告(11.5%)5)に比べ高いレベルにありました。これらの成績から、久山町では全国平均や他の地域に比べて糖尿病有病率が高い傾向にあるように見えます。ではなぜ久山町の調査では糖尿病の有病率が高くなったのでしょうか?

3. 久山町の糖尿病有病率が高い理由

 疾病の有病率を調べる疫学調査では、診断方法や調査方法が結果に大きな影響を与えます。したがってその成績を解釈するに当たり、調査で使われている診断方法や調査方法をしっかり検討しないと間違った結論を導く危険性があります。そこで、久山町研究と他の疫学調査で使われている診断方法や調査方法を比較してみました。

1)診断方法の違い
 全国調査である糖尿病実態調査と国民健康・栄養調査では糖尿病の診断に血糖値を用いておらず、ヘモグロビン(Hb)A1c値と病歴で糖尿病を判定しています。一方、久山町と舟形町の調査では75g経口糖負荷試験に基づいて糖尿病を診断しています。このように、糖尿病の診断方法が調査間で違うのです。HbA1cは、過去1〜2ヶ月の平均的な血糖レベルを表す血糖値のバイオマーカーで、最近糖尿病診断の補助として使われるようになりましたが、前述のように糖尿病の正確な判定には75g経口糖負荷試験で空腹時と糖負荷後2時間血糖値を測定する必要があります。最近の疫学調査の成績でも、HbA1cによる判定では糖負荷試験に比べ糖尿病の有病率が低く見積もられ、糖尿病の多くが見落とされることが明らかとなっています6,7)。また糖尿病は多くの場合自覚症状がなく、検査をしないとわからない病気なので、自分が糖尿病であることを知らない人も多いことから、糖尿病の病歴でも糖尿病の実態を正確に知ることはできません。実際に2002年の久山町の調査を受けた方々について、糖尿病実態調査や国民健康・栄養調査と同じ方法(HbA1cと病歴)を使って糖尿病を診断すると、その有病率は男性11.7%、女性7.2%と大幅に低下し、糖尿病実態調査や国民健康・栄養調査の成績と変わらないレベルになりました。同じ調査法で調べた有病率に大きな差がないということは、精度の高い糖負荷試験で正確に調べた久山町の糖尿病有病率の高さは、全国レベルで認められる現象である可能性が高いといえます。同様に、舟形町研究の成績をみても、HbA1cと病歴で定義した糖尿病の有病率は7.7%で、糖負荷試験による有病率11.5%に比べ低い値となりました5)。糖尿病有病率は診断方法の違いに大きく影響を受けることがお分かりいただけるかと思います。

2)受診率の違い
 次に、「久山町と舟形町の調査ではどちらも糖負荷試験を用いているのに、久山町の糖尿病有病率の方が高いことから、やはり久山町の有病率は高いのではないか」という疑問が生じると思います。この問題について検討してみましょう。

 疫学調査で疾病の頻度を正確に調べるには、受診率が高いことが重要です。健診や疫学調査に参加する人はもともと健康意識が高い人が多く、健康に問題をかかえている人ほど受診しない傾向があります。健康に自信のない人は、健診を受けて何か言われるのがいや、あるいは怖いと思いがちで、健診を避ける傾向にあります。また、すでに何らかの病気を持って日頃病院に通院している人たちも、病院で診てもらっているから健診を受ける必要がないと思いがちです。したがって、受診率が低いと健康人の“優等生”が実際より多く含まれる、かたよったデータとなってしまいます。つまり、受診率が低いと疾病の有病率が実際よりも低い値になってしまいます。受診率が上昇するとその有病率も高くなり、真の値に近づきます。このことから疫学研究の分野では、このバイアス(かたより)を避けるために受診率を70%以上にすることが推奨されています。久山町で75g経口糖負荷試験を行った際の受診率は1988年では80.2%、2002年では77.0%ですが、舟形町研究の受診率は48.3%です。また、久山町の年齢・職業構成および栄養摂取状況は、過去50年以上にわたり日本の平均レベルで推移しています(図5、6、7)1,8)。久山町の方々は、決してかたよった食生活をしているわけでもありません。したがって、久山町研究の成績はバイアスがほとんどなく、我が国の一般住民の実態を正確に反映していると考えられます。

 このように、久山町の糖尿病有病率が他の疫学調査の成績に比べて高い傾向にあるのは、糖尿病の正確な診断ができる75g経口糖負荷試験を用いたこと、そして受診率の高い調査がなされたことによるといえます。調査方法や受診率が大きく異なる調査結果を単純に比較して、久山町の糖尿病有病率が全国平均や他の地域に比べ本当に高いと短絡的に捉えるのは誤った解釈で、逆に他の疫学調査の糖尿病有病率が実際より低く見積もられているのが実情なのです。

4. 久山町や全国で糖尿病が増えた理由

 糖尿病が久山町を含め全国レベルで増えている理由として、いくつかの要因が指摘されています。国民レベルで肥満が増加し、運動量が減少していることがその大きな要因であることは疑いのない事実です。また、食事内容の変化も糖尿病増加に関与していると考えられます。久山町では、1日の総エネルギー摂取量は時代とともに減少し、総エネルギー摂取量に占める炭水化物(糖質)の割合(炭水化物エネルギー比)は、1965年の68.6%から1994年の54.2%へと着実に減少しましたが、2004年では57.2%にやや上昇していました(図7)8)。同様の傾向は国民健康・栄養調査の成績でも認められます。すなわち、久山町住民の糖質摂取状況は全国調査の成績と同じように推移しているといえます。この糖質の摂取量の時代的推移で、わが国の糖尿病を含む糖代謝異常の増加は説明できません。一方、脂質エネルギー比は1965年の15.6%から1994年の26.2%にかけて大幅に増加し、その後2004年には24.5%とやや減少傾向に転じています。しかし、この間、総脂質摂取量に占める動物性脂質量の割合(動物性脂質比)は1965年の29.9%から2004年の47.5%まで一貫して増加しています。国民健康・栄養調査の成績でも同様の傾向が認められます。2000年代になっても久山町のみならず日本全国で動物性脂質比は増加傾向にあるといえます。これまでの研究から、総脂質摂取量の増加や動物性脂質の過剰摂取は糖尿病発症の危険因子であることが明らかとなっています9,10)。このように、久山町のみならずわが国では、食生活の欧米化、特に動物性脂質の摂取量の増加が糖尿病の増加につながった可能性が高いと考えられます。

おわりに

 久山町の地域住民における疫学調査の成績では、1980年代から2000年代にかけて糖尿病が増加していました。糖負荷試験を用いて耐糖能レベルを正確に判定すると、これまでわが国で報告された推計値を大幅に上回る糖尿病者が実際には存在することが明らかとなりました。糖尿病は国民の保健衛生上、最も重大な疾病の一つであり、高齢人口が急増している今日、今まで以上にその予防・管理が重要な課題になったといえるでしょう。

文献

1)Hata J, et al: Circulation 28: 1198-1205, 2013
2)Mukai N, et al: J Diabetes Invest 5: 162–169, 2014
3)厚生労働省: 平成14年度糖尿病実態調査報告. 2004
4)厚生労働省: 平成19年国民健康・栄養調査報告. 2010
5)Nakagami T, et al: Diabetes Res Clin Pract 76: 251-256, 2007
6)Cowie CC, et al: Diabetes Care 33: 562-568, 2010
7)Araneta MR, et al: Diabetes Care 33: 2626-2628, 2010
8)友納美恵子, 他: 中村学園大学・中村学園大学短期大学部研究紀要 39: 255-262, 2007
9)日本糖尿病学会: 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013
10)Lindstorm J, et al: Diabetologia 49: 912-920, 2006

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