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脳卒中・虚血性心疾患

脳卒中・虚血性心疾患(Stroke・Coronary Heart Disease)

 久山町研究は、地域住民における脳卒中の実態を明らかにすることを目的として1961年に開始された疫学調査である。本研究では、40歳以上の住民を対象とした循環器健診を用いて、研究開始当初は約2年間隔、1974年以降は約5年間隔で生活習慣病全般に関する網羅的なスクリーニング調査を行っている。これら時代の異なる複数の集団をコホートとして長期にわたって追跡することにより、心血管病(脳卒中、虚血性心疾患)をはじめとする生活習慣病の発症・死因リスク、そしてその時代的変化を調査している。

 本研究の特徴として、各コホートの健診受診率が高いこと(約80%)、追跡率が高いこと(99%以上)、死亡例の大多数(約75%)に対して病理解剖を行い、死因や隠れた疾病の有無を正確に評価していることが挙げられる。加えて、住民の年齢分布、職業構成、栄養摂取状況は日本全体の成績と過去半世紀にわたって類似していることから、久山町研究の成績は日本人の生活習慣病の実態を比較的正確に反映していると考えられる。

1.心血管病とその危険因子の時代的推移

 半世紀以上にわたる長い研究期間中に日本人の生活習慣は大きく変化し、それに伴い心血管病やその危険因子の実態も大きく様変わりした。そこで、時代の異なる5集団(1961年、1974年、1983年、1993年、2002年)の健診成績を用いて、心血管病の主な危険因子の有病率の時代的推移を検討した。その結果、高血圧の有病率に大きな時代的変化はないものの、降圧療法の普及に伴い高血圧者の血圧レベルは時代とともに有意に低下した。一方、肥満、高コレステロール血症、糖代謝異常といった代謝性疾患の頻度は時代とともに増加した。この5集団をそれぞれ7年間追跡した成績によると、脳卒中罹患率は主に1960年代から1970年代にかけて大きく低下し、高血圧管理の改善によるものと考えられる。しかし、代謝性疾患の有病率が増加した結果、脳卒中罹患率の低下の程度は1980年代以降鈍化し、また急性心筋梗塞の罹患率には過去半世紀にわたって明らかな変化がなかった。

 脳卒中のうち脳梗塞はさらにラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症などに分類される。そこで、3集団(1961年、1974年、1988年)をそれぞれ13年間追跡した成績を用いて、脳梗塞のタイプ別内訳を検討した。第1集団(1961〜1974年)ではラクナ梗塞は全脳梗塞の6〜7割を占めていたが、時代とともにその割合は低下した。一方、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症の占める割合は時代とともに増加し、日本人の脳梗塞タイプが時代とともに欧米化していると考えられる。

 また、同じ集団を用いて脳出血の部位別内訳を検討した。第1集団では被殻出血が全脳出血の約4分の3を占めていたが、時代とともにその割合は低下した。一方、視床出血の占める割合が時代とともに増加した。降圧療法の普及により比較的若い世代(60歳代)の被殻出血罹患率が減少したが、人口の高齢化に加えて高齢者における血圧管理が不十分であることにより高齢者(80歳以上)の視床出血罹患率が増加している。 今後、日本人の心血管病を予防するためには急増する代謝性疾患の対策に加えて、高齢者における血圧管理が課題であるといえる。

2.心血管病発症の危険因子とバイオマーカー

 久山町研究では、各集団の追跡調査の成績を用いて、主な危険因子(高血圧、糖尿病・糖代謝異常、脂質異常症、肥満、メタボリックシンドローム、インスリン抵抗性、慢性腎臓病、喫煙、飲酒など)が心血管病発症に与える影響を検討している。われわれは、LDLコレステロールおよび動脈硬化惹起性のリポ蛋白を総合的に評価する指標であるnon-HDLコレステロールレベルの上昇に伴いアテローム血栓性脳梗塞と虚血性心疾患の発症リスクが直線的に上昇すること、男性の肥満は脳梗塞発症と関連すること、メタボリックシンドロームやその背景にあるインスリン抵抗性(松田指数低値、HOMA-IR高値)は心血管病発症の独立した有意な危険因子であること、喫煙習慣は高コレステロール血症と合併することにより相乗的に心血管病の発症リスクを増加させることなどをこれまでに報告した。なお、高血圧、糖尿病、慢性腎臓病が心血管病発症におよぼす影響については、それぞれの項目を参照されたい。

 近年、血液や尿など体液中の微量物質を測定することにより生体内の変化を捉えるいくつかのバイオマーカーが開発され、その臨床的意義が確立されるとともに日常診療や疫学研究に応用されている。久山町研究では、これまでに慢性炎症の指標である高感度C反応性タンパク(CRP)や心不全のマーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)の血中濃度が心血管病の発症リスクと正の関連を示すこと、代表的な必須脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)とアラキドン酸(AA)の血中濃度比は高感度CRP高値群において心血管病の発症リスクと負の関連を示すことを報告した。

 今後も引き続き、種々の危険因子やバイオマーカーが心血管病発症に及ぼす影響を明らかにし、その研究成果を日本人の心血管病の予防や発症予測に活用していきたい。


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